気象災害の頁

「2008年5月2日にミャンマーを襲ったサイクロンNargis」

山川修治

図1 サイクロン「ナルギス」の経路と総降水量

NASAによる;降水量はTRMM-MPAによる推定;2008年4月27日〜5月4日

最盛期の中心示度の962hPaは,非常に強い台風に相当する.広域で200mm以上,ミャンマー南岸などで500〜600mmの豪雨が観測された.

◆ 2008年5月2日,ミャンマー(ビルマ)が非常に強いサイクロンに襲われ,死者・行方不明の推定約10万人,被災者160万〜250万人(15日,国連)と報じられています。ここでは気象の面からみた今回のサイクロン「ナルギスNargis」の特徴について記します。

(1)サイクロン発達の推移と経路

4月27日,ベンガル湾南西部に熱帯低気圧となって北上,28日にはサイクロン(カテゴリー〔以下,Cと略す〕1〜2)に発達しました。29日には進路を東北東に変え,30日にはベンガル湾中部でいったんC1に弱まり,16°N沿いに東進しました。1日には急発達し,2日06UTCにピークのC4,最大風速59m/sとなって東進を続け,2日12UTCに上陸,その直後,C3になりました(図1NASA )。

図2 サイクロンを引き寄せたとみられる中国西部−北部の収束帯

データ:気象庁数値予報初期値;画像:NOAA,;ソフト製作:アルファプラネットK.K.,作図:田平耕治気象予報士・本学部非常勤講師による

NOAAの衛星画像に850hPaの流線を合成した画像)には,インド洋10°N付近の熱帯収束帯からサイクロンの東側を反時計回りに巡って,中国西部−北部に伸びる収束帯を確認することができる.

サイクロンに伴う雲の広がりは直径800kmほどで比較的コンパクトですが,上陸直前の中心示度は962hPa(C4)だったとみられます(気象庁)。上陸地点のミャンマー南部エヤワディ川の三角州(デルタ)地帯への直撃は,同国にとって最悪のコースであったといえます。上陸当時の850hPa気流の状況(図2)をみると,中国西部から北部にかけてほぼ南北に延々と連なる収束帯が存在し,その方面へ向かうようにサイクロンが進んだことがわかります。

(2)なぜ急発達したのか?

図3 サイクロン「ナルギス」発生直前の海面水温〔℃〕分布

NOAAによる

サイクロンが発生・発達した海域のSSTは29〜30℃に達していた.

サイクロン「ナルギス」が発生したベンガル湾南部の海域における海面水温(SST)は平年並みですが,29℃以上となっていました(図3)。また,ベンガル湾中央部のSSTは30℃に達していました。サイクロンは台風・ハリケーンと同様の熱帯低気圧ですので,SSTが27℃以上で発生しやすく,29℃以上で猛烈に発達することが知られています。ベンガル湾のSSTがサイクロンの発生・発達条件にあてはまっていたということができます。

(3)なぜ東進してきたのか?

図4 サイクロン上陸直前(2008年5月2日12GMT)の北半球500hPaの高度場

気象庁による

南アジア(図の左側)に着目してみると,ベンガル湾上空では19°N付近にある5820gpm等高度線(最も低緯度側をグローバルに取り囲んでいる曲線で,この線の南方数100kmまで西風が吹いている)は,偏西風域が15°N付近まで南下していたことを示す.

対流圏中層の流れ(図4)でもある程度わかりますが,当時の偏西風の南縁部はベンガル湾中部の15°N付近まで南下していました。サイクロン「ナルギス」はその流れに乗ってゆっくり東ないし東北東進したということができます。

この時期の偏西風の南縁は通常,25°N付近(ヒマラヤ山脈の南麓)に留まっています。もし今回もそうであったと仮定すれば,サイクロンはベンガル湾を北上し,バングラデシュ方面へ進入した可能性があります。また,18°N付近まで北上してミャンマーに上陸していたら,カラカン山脈という海岸山脈が南北に走っているため,サイクロンを急速に弱め,このような大災害にはならなかったでしょう。

(4)この時期のサイクロンはめずらしいか?

例年,モンスーンが本格化する前の4月〜5月上旬,インドはプレ・モンスーン・ヒートとよばれる熱波に見舞われますが,SSTも高くなっていて,熱帯低気圧が発生しやすい時期になります。5月中旬以降,雨季をもたらす南西モンスーンが到来すると,海洋上でできる積雲がヒマラヤ山脈方面へどんどん流されるため,大規模な熱帯低気圧活動はみられなくなります。サイクロンはポスト・モンスーンの9〜11月にも発生します。2007年11月19日,バングラデシュに上陸して死者3,000人以上の大きな被害を及ぼしたサイクロン「シドルSidr」は記憶に新しいところです。年間でみると北インド洋で4〜5個の発生がみられます。

(5)なぜ未曾有の大災害に?

サイクロン「ナルギス」が上陸したのはパティン付近とみられますが,その南側にあたる人口が密集するエヤワディ川の三角州地帯に向かって,南方から高潮が襲来しました。高潮は南ないし南西からの暴風による「吹き寄せ効果」,気圧の低下による「吸い上げ効果」,さらには,豪雨(図1;ミャンマー南東部などで600mmに達する)で河川水位が上昇していたこと,新月の2日前で満潮時には海面水位が比較的高くなっていたことなどが複合的に重なって,少なくとも3.6m(AFP通信;詳細は現地調査報告を待たなくてはなりません)に達したとみられます。この高潮および川や運河を遡上する海水はデルタの低湿地帯に暮らす人々を飲み込んでしまいました。

このほか軍事政権下のため気象情報が国民に十分伝達されていなかった問題や,防波堤・避難施設の未整備,災害認識の欠如も絡んで,今回のような甚大な災害になったとみられます。コレラ・デング熱・マラリア発生の情報もあり,雨季に入った被災地の今後が非常に心配な状況です。

更新日:080518

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「3月3日大規模黄砂の到来−いよいよ黄砂のシーズン− 〜今冬の天候異変・異常気象海象を探る4

環境問題2008年の黄砂の観測情報3月3日大規模黄砂の到来−いよいよ黄砂のシーズン− 〜今冬の天候異変・異常気象海象を探る4

更新日:080311

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「2月23-24日の砂塵嵐と爆弾低気圧 〜今冬の天候異変・異常気象海象を探る3

遠藤邦彦・山川修治

寒冷前線の通過および爆弾低気圧の急発達

2月23日から24日に掛けて,各地ですさまじい強風が観測され,砂塵嵐が見られました.24日には突風のために運転休止となる鉄道もあり,移動手段を奪われた方も少なくなかったと思います.富山湾岸などでは"高波"による災害が発生しましたが,思わぬ被害や不便に会われた方が少なくなかったと思います.《今冬の天候異変・異常気象海象を探る2》に続いて,両日の風がもたらした砂塵嵐の特徴とその原因を作った寒冷前線・爆弾低気圧について整理してみました.

23日については,はじめ日本海北部に発達した低気圧に向かって南風が吹き込み,午後には寒冷前線の通過により,北ないし北西風が吹き荒れました.23日昼頃以降に東京周辺で見られた砂塵嵐はこの寒冷前線の通過によるもので,上空には黄砂を伴っていたためブレンド状態であったと推測されます(《今冬の天候異変・異常気象海象を探る2》の図1,天気図参照).

24日の暴風は極めて強い気圧傾度のもとで吹き荒れました.その気圧の急勾配を引き起こしたのは,日本海北部から津軽海峡を経て三陸沖に抜けた低気圧で,その中心示度は23日03時から24日03時の24時間に26hPaも低下し,まさに「爆弾低気圧」だったわけですが,その急発達が日本列島を通過するさいに認められたということは特筆に値します(《今冬の天候異変・異常気象海象を探る2》の図2,天気図参照).

24日の各地における最大瞬間風速は,相川で05:14に北北西29.0m/秒,熊谷で07:20に西北西26.8m/秒,河口湖で08:24に北北西29.6m/秒,宇都宮で09:27に北北西29.2m/秒(2月史上3位),白河で09:59に北西34.0m/秒(2月史上5位),東京で10:09に西北西26.4m/秒を記録しています.

砂塵嵐

写真1  蒸発皿の中は採取された砂塵

2月23, 24日の両日の暴風と共に関東地方では砂塵嵐が発生しました.23日昼頃に多摩川付近で川沿いに砂塵嵐が発生,間もなくその中に飲み込まれたという目撃者(Osさん)がいました.Osさんによると,車で国道246号線を環状7号線から多摩川に向け走行中、環状8号線交差点付近(瀬田の手前)から(時間は12:00頃)急激に視界不良となったというものです.二子玉川では14:00くらいに雨でも降るかのように急激に薄暗くなり風が一層強まったそうです.横浜でも同様であったようです.東京世田谷区では24日の11時ごろ西方に黄色味を帯びた黒っぽい低い雲状のもの(砂塵嵐)が見られました.埼玉県南部の戸田付近でも西方の空が黄色味を帯び暗くなっていました.

西東京市の黄砂トラップにはこの両日で1平方メートル当たりに換算して6.5g以上(暫定値)のダストが堆積しています[写真参照].この量はこの3年間の同一地点での最大値,2006年3月20日の黄砂堆積量,8.8g/m2に匹敵します.

武蔵野台地上にある西東京市の周辺では,写真2のような粒子を発生させる場として,畑やグランドなどが考えられます.

写真2

実体顕微鏡により約20倍で観察.粗い粒子は0.2mm〜0.06mmの砂サイズで,武蔵野台地の畑ではごく普通の関東ロームが砕けたような粒子が多い.目盛りは1mm.

写真3

粗い粒子をどけると,0.05mmより細かい粒子が現れるが,それ程多くはない.黄砂に多い5-10ミクロン(0.005-0.01mm)の粒子も少量存在する.

この数日前から大陸では黄砂が観測されており,以上の中には大陸からの黄砂が含まれているはずですが,主体となるのは関東平野内で発生した砂塵嵐に由来するものと推定されます.砂塵嵐がどこで発生したのかについてはより多くの目撃情報が欲しいところですが,恐らく乾燥した河川敷をはじめ田畑,空地などであろうと思われます.

近年,大陸地域においても黄砂を発生させる元となるダストストームの発生場所は多様化しています.かつてはタクラマカン沙漠やゴビ沙漠が主要発生地といわれましたが,現在では干上がった湖沼跡・河床,農地や廃棄された農地,その他の荒地・草地,等々に広がっています[大陸のダスト発生地については→リンク].北京のような大都市の周辺でも例外ではありません.ひるがえって,23,24日に関東地方で見られたような現象は,大陸で起こってきたことが必ずしも他人事でないことを教えているのではないでしょうか.

更新日:080306

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「中国中南部の寒波・大雪 〜今冬の天候異変・異常気象海象を探る1

山川修治

この冬,中国や日本ではしばしば寒波の影響を受け,特に中国中部・南西部は1月下旬を中心に大雪害に見舞われました。その天候異変の要因はいったいどのようなことだったのでしょうか。シベリア高気圧からの寒気団の動向,南方からの暖湿気流の状況などに基づいて,今冬の特徴を探っていきたいと思います。

このところ乾燥傾向だった中国中部・南西部では,1月半ばから2月半ばにかけて50年ぶりの記録的な豪雪が降り,倒壊家屋約10万軒,犠牲者107名(2月15日まで),直接被害額1兆7千億円という大災害を蒙りました。ここでは,その要因を天気図などから探ってみましょう。

図A 2008年1月25日21時の東アジア850hPa面高度[青実線:gpm]と気温[赤破線:℃]の分布(韓国気象庁による)

華中に停滞前線が横たわり,北から寒気(C),南から暖気(W)が吹き込んでいる。

まず,850hPa天気図(図A;韓国気象庁作成;日本気象庁作成のものより西域が広く今回の解析に適切)をみると,チベット高原西縁部に低気圧,そこから伸びる停滞前線が上海付近を通っていることが読み取れます。ちょうど冷たい北風と暖かい南風の境界領域がその前線にあたります。一般に850hPaの等温線−6℃が雨雪の境界といわれていますが,乾燥度の高い中国では約−3℃が境界と考えてよいでしょう。その−3℃の等温線がほぼ前線の位置にも対応しています。そして,この前線上を次々と低気圧が東進してきて,上海(鹿児島とほど同緯度)でも25日から6日連続の雪を降らせました。

図B 2008年1月25日における北半球地上気圧[等値線:hPa]・500hPa面等高度[色彩:gpm]の分布(Unisysによる)

北極寒気団は北極圏を中心に日々変動し,所々で中緯度へ寒気を氾濫させる。このとき,東アジア(左上)はその寒気団の中にすっぽりと入っている。

ここで1月25日の北半球地上・500hPa天気図(図B;実線:地上気圧の等圧線;色彩:500hPa面等高度線)をご覧ください。この図では真ん中が北極で,東アジアは左上に位置しています。ユーラシア大陸に注目すると,シベリア高気圧が平年より南のモンゴルに中心を移していますが,1050hPaと発達し,その南方を広く覆っています。

中緯度の黄緑色の帯状部分に着目してみてください。その帯状地帯は最も風の強いジェット気流域にほぼ対応し,寒波の南限にも相当するのですが,華中方面にかかっています。ユーラシア大陸南部一帯をトラフ(気圧の谷)が覆うパターンで,「鍋底型」ということもありますが,寒波が継続しやすいことを示しています。また,フィリピン付近に東西に横たわる亜熱帯高気圧(濃いオレンジ色の領域)西縁部の時計回りの循環に乗って,南シナ海やインド洋方面から雪の源となる水蒸気を多量に含む南西風が入った状況もうかがえます。

図C 2008年1月26〜30日における北半球地上気圧とその偏差[hPa](Argosによる)

縦線域は負偏差で,特に北極海からシベリア北西部にかけての低気圧が発達している。その影響を受けて,シベリア高気圧は中心を南へシフトさせるとともに中国中部・南西部方面へ張り出した。

図Aでは気圧などが平年に比べてどうかという偏差の状況がわかりませんので,次に,5日(半旬)平均の北半球地上気圧分布図(図C;この図では東アジアは下方に位置する)を見てください。大きな特徴は3つ挙げられます。

1) シベリア高気圧が平年より南偏し,その影響圏がその中心の南南東側,つまり華中・華南方面へ強く張り出していること。2) アリューシャン低気圧は平年と比べ北西偏していて,さらに,北極海方面に存在し例年よりはるかに強い低気圧とリンクしていること。3) 中東方面へトラフがV字状に進入し,シベリア高気圧のヨーロッパ方面への張り出しを分断していること。これらのうち,2) と3) は1) に影響を及ぼす要因となったと考えられます。

図D 世界における射出長波放射量(OLR)の偏差[W/m2(NOAAによる)

暖色系は積雲対流活動の活発域を示す。インド洋中部から東アジアへ連なる対流活発域が大雪災害地域とほぼ一致することから,MJOとの関連性が示唆される。

雲の発達度を示すOLR(射出長波放射量)の1月25〜31日における偏差分布図(図D)をみると,実に興味深いことがわかります。インド洋南西部から赤道を越えて北東部に連なる顕著な積雲群の発達域が,インドシナ半島,華南・華中を経て,東シナ海,日本南岸,日本東方海上に延々と伸びているのです。これはMJO(Madden-Julian Oscillation)という熱帯海洋上で発生する対流活動活発域が北東方へ伝播していることを示唆しています。さらに,MJOは,シベリア寒気団の南限にあたる日本南岸の停滞前線へ向けて熱帯・亜熱帯の暖湿気流を送り込む作用も引き起こし,2月3日の関東地方など首都圏における久々の大雪にも繋がったと考えることが可能です。

図E 世界海域における海面水温(SST)偏差の分布[℃](NOAAによる)

顕著なラニーニャ・パターンで,熱帯太平洋東部一帯で負偏差,一方,フィリピン近海から日本列島近海で正偏差という対照的な分布となっている。

最後に,天候異変の要因の一つとみられる海面水温の偏差図(図E)についてみてみましょう。熱帯太平洋で平年に比べ水温が西高東低となるまさにラニーニャ現象のパターンです。ラニーニャ年の冬が寒くなりやすいという統計結果が,今冬もあてはまっています。フィリピン近海の暖水域で上昇気流が生じ,そこへ向かってシベリア寒気団がどっと押し寄せるというわけです。

もうひとつ,この図でははっきりしませんが北極海の海氷が2007年夏に史上最小になったこと(前回の本報)を思い出してください。その開氷域の広がったことが,北極圏大気に顕熱・潜熱の供給を盛んにしたため,図Bにみられた北極海の低気圧活動が継続していると推測されます。そして,シベリア高気圧を南偏させ,中国中南部の寒波・大雪に寄与した可能性を指摘することができます。

更新日:080305

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「<爆弾低気圧>と<寄り回り波> 〜今冬の天候異変・異常気象海象を探る2

山川修治

2008年2月23〜24日には,日光杉並木の大木が倒木するなどの風害が発生するとともに,富山県北岸に高波が押し寄せました。それらは爆弾低気圧(低気圧の中心示度が24時間のうちに24hPa以上低下するもの)によって引き起こされたのですが,今回の爆弾低気圧はどのような特徴をもっていたのでしょうか。

  1. 日本海中部で23日03時に1002hPaだった低気圧が,津軽半島西方沖から津軽海峡付近で急発達し,24日03時には976hPaになった。日本列島をまさに通過するタイミングで爆弾低気圧になったことが今回の風害の第一要因として挙げられる。
  2. 東南東に進んだ低気圧は三陸沖で動きを緩めつつさらに発達し,その西方約1000km圏内にあたる東北地方南部から関東地方にかけて,最大瞬間風速25m/秒を超える暴風が観測された。
  3. 三陸沖に中心をもつ低気圧と華北方面へ中心を移した高気圧ならびにさらにオホーツク海方面へ張り出す高気圧との間の気圧傾度は著しく大きくなった。
  4. 間宮海峡方面から北陸方面へ向かう強風と中国北東部から北陸方面へ向かう流れが合流したことも,暴風の一因となった
  5. 関東地方については,大雪の2月3日以来,雨らしい雨はほとんど無く大地が乾燥していたことが,砂塵嵐の原因となった。

また,富山県北部の沿岸地域,入善町と黒部市で高波による浸水被害が発生しました。その要因となったといわれる「寄り回り波」と関連事項について考えてみましょう。下記8項目の複合要因が挙げられます。

図1 2008年2月23日15時の地上天気図(気象庁による)

津軽半島沖に急発達中の低気圧(984hPa)があり,その中心から伸びる顕著な寒冷前線がちょうど関東地方南部を通過中である。寒冷前線は寒気の最前線であるが,その突風に伴い砂塵が巻き上げられ,前線上空のジェット気流によって運ばれてきていた黄砂と混合したと考えられる。

図2 2008年2月24日09時の地上天気図(気象庁による)

三陸沖に抜けた低気圧の中心示度は974hPaに深まり,その西側約1000kmにあたる北日本から東日本にかけての領域では気圧の勾配が非常に急となり,最大瞬間風速25m/秒を超える暴風が吹き荒れた。

図3 日本近海の有義波高[m]の分布(2008年3月24日09時)(新潟地方気象台による)

例えば100の波があれば,有義波高の1.6倍の波高の波1つが生じる(8mなら12.8mに)

  1. 低気圧の発達位置・・・上記1) のように,23日15時頃,津軽半島西方沖の日本海北西部で猛発達し984hPaに達した(図1)ため,低気圧中心部の「吸い上げ効果」で約30cmの海面上昇があった。
  2. 低気圧の西側約500kmの海域で北よりの30m/s前後の暴風が吹き荒れ,波浪を生じた。その波浪は南方へ「うねり」として伝播し,24日早朝には能登半島沖に達した。その時間差から,30〜40km/h(つまり360〜480km/12h)の速度で伝播したと推測される。
  3. 強い気圧傾度・・・その後,低気圧はさらに発達しながら三陸沖に抜け,東方に張り出すシベリア高気圧との間の北西→南東の気圧傾度は著しく大きくなり,低気圧西側の海面付近では北風の暴風圏・強風圏が広がった(図2)。
  4. 暴風の後押し・・・北からの暴風に加え,西高東低型の気圧配置になるに従い北西方からの暴風も吹いて,両方からの波が重なり,能登半島沖での波高はさらに高まって,有義波高(最大波高から1/3の波高)は8mに及んだ(図3)。その波高8m以上の海域が幾分北陸寄りに湾曲していることからも,北西風の後押しが裏付けられる。
  5. 深い水深・・・富山湾の東に位置する入善町では,4km沖合いで水深200mに達するため,その高波はほとんど衰えることなく海岸に打ち寄せた。
  6. 富山湾の「寄り回り波」・・・富山湾は北に開いた水深1000mを超える深い湾であるため,北方から進入する波の影響を受けやすく,また能登半島の存在と富山湾の海岸線の形状から,能登半島東岸にて反射したり,富山湾岸で合成しながら伝播し,黒部市沖に向かい,さらなる高波となった。
  7. 堤防破損・・・老朽化していた堤防の一部(3か所)が破損し,怒涛の海水が沿岸低地に進入した。
  8. 高い海水温・・・日本海の海水温が平年よりやや高めの状況(同ページ「中国中南部の寒波・大雪」の図E)で,その熱膨張分も海面の上昇に寄与した。

以上のような要因が複合して生じた特異な現象だったと考えられます。

更新日:080305

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