2005年12月の日本海側における豪雪・風害について山川修治
1.新潟県などで起きた大停電日本列島はこの12月,稀にみる寒波・豪雪に見舞われました。秋田,盛岡,広島,鹿児島,高知などで12月としての最深積雪量を記録。秋田の56cm(23日00時まで)は,12月の観測史上88年ぶりという大記録でした。特に,年間通しての最深積雪量を更新したところも群馬県の水上の234cmをはじめ11地点にのぼりました。 22日には新潟県など広域で停電となりましたが,それは爆弾低気圧が原因でした。爆弾低気圧は,1日のうちに24hPa以上も中心示度が低下・発達する低気圧です(緯度によって幾分基準が異なりますがここでは省略)。 21日21時には能登沖,東海沖にそれぞれ996hPa,関東東方沖に998hPaの低気圧があり,「三つ玉低気圧」状態だったのですが,それらが22日21時には北海道東方沖で960hPaと976hPaの低気圧に猛発達,その24時間の中心示度差は36hPaにも達しました。 低気圧が急激に発達した要因としては,
その爆弾低気圧の発達過程で,突風が吹きすさぶなか,22日08:12から新潟県などで大停電が起こりました。それは海塩粒子を含む雪が電線の絶縁体(がいし)に付着し,ショートするなどの事態が生じたためとみられます。 当時,三陸沖で発達中の爆弾低気圧に向かって,日本海北部から吹き込む積雲群が帯状に北陸地方・東北地方南部へ進入していたことがわかります(図1)。その雲バンドは奥羽山脈を越えても衰えることなく,低気圧の中心に吸い込まれ,低気圧をさらに発達させる原動力になりました。24日03時頃には爆弾低気圧は最発達し,アリューシャン列島の中央部で944hPaという稀にみる強度に達しました。 2.羽越線の事故時間を遡りますが,日本付近で北西季節風が吹き荒れていた19日に,シベリア西部の北極海沿岸で生まれた寒冷渦(上空に強い寒気団を伴う低気圧)は,大変珍しいことに,シベリア高気圧の間隙を縫って南東進し,極寒のバイカル湖上空を−45℃(500hPa)という超第一級寒気団を伴って23〜24日に通過しました。上記,北陸の雪害を引き起こした爆弾低気圧がアリューシャン列島で最盛期に達した24日には,その寒冷渦はロシアから中国北東部へ進入,翌25日には,日本海北部へ入り,それに伴う寒冷前線が日本海で出現,この寒冷前線に伴う突風が列車事故につながりました。 そして,25日19:07,羽越線の秋田発・新潟行の特急列車「いなほ14号」が最上川鉄橋のすぐ南で脱線・転覆,痛ましい事故の発生となってしまいました。当時,寒冷前線は東北地方の日本海沿岸にさしかかり,その南縁に比較的暖かい南西からの強風が吹き込み,上空の寒気との間で大気は非常に不安定になっていました。最上川鉄橋付近の川沿いにて気流が収束,一段と強風になっていたと推測されます。最上川の北に位置する酒田では,19:10に21.6m/sの最大瞬間風速が観測されましたが,鉄橋周辺では微地形効果も加わって,その1.5倍ほどの30m/s程度の暴風となり,上昇気流(風速計では測定できない)が生じたとも推測されます。また,レーダーでは寒冷前線に沿って南西から北東へ連なる線状の積乱雲が捉えられ(図2),激しい発雷があったことと符合します。運転手や乗客の「浮き上がるように感じた」という証言と,付近の小屋が跡形もなく吹き飛んだという状況証拠から,積乱雲(雷雲)の下で竜巻が発生した可能性があります。あるいは,雷を伴うダウンバースト(上空の寒気塊が急激に下降する現象)が起こり,そのバウンドで突風が吹いた可能性もあります。さらに,列車が100km/h=28m/sという速度で運行しており,風速との相対的な兼ね合いで,車体への強い風圧が加わったとみられます。 寒冷前線が通過する数時間前までは,比較的緩やかな南風が吹いています。しかし,寒冷前線の接近とともに短時間のうちに南西から暴風「下層ジェット」が吹き,次いで北西からの強風への急変しますが,その急変点で竜巻・ダウンバーストなどの激しい気象現象が起こりやすくなります。JR東日本では20m/s以上で警戒(25m/s以上で徐行指示,30m/s以上で運休;一般規制区間)という基準があるとのことですが,寒冷前線接近時には,風の急変を念頭において,数時間先の予測を含めて,安全第一に事前に徐行指示を出す必要があるといえますし,少なくともそのような気象の急変が予測される場合には,局地的な強風が生じやすい鉄橋などでは十分減速するということを慣例づける必要があるといえるでしょう。また,防風林などの風を弱めるための対策を施しておくことも大切になります。 3.豪雪の要因さて,例年より早い時期に豪雪となった要因としては,いったいどのような事柄が考えられるのでしょうか。次の5項目を挙げることができます。
以上のように,諸条件が重なって,史上稀にみる豪雪と雪害・風害に見舞われたと考えられます。 更新日:051229 ↑このページの最初へ
アメリカに来襲するハリケーンについて山川修治
未曾有の高潮水害をもたらしたハリケーン「カトリーナ」に引き続きハリケーン「リタ」がアメリカ南部に上陸しました。相次ぐハリケーンの上陸に関して,質問にお答えします。 1.通常年のハリケーン発生位置・コースとの違いは?北米・中米に上陸するハリケーンのうち,約2割は東太平洋から西岸を襲います。約8割を占めるのは大西洋あるいはメキシコ湾方面からのものなので,ここではそれについて述べます。例年は熱帯(赤道付近を除く)西大西洋で発生して北上し,フロリダ半島に接近して北東へ向きを転ずるものが最も一般的なコースですが,カリブ海で発生し北西進するものもしばしばみられます(NOAA,2005)。強いハリケーンの大半は,アフリカ北西岸,ダカール西方沖のヴェルデ岬諸島付近から西北西方にかけて発生した熱帯低気圧が発達したものです。 しかし,今回は両ハリケーンとも,熱帯低気圧としての発生場所は中米寄りの西インド諸島付近でした。「カトリーナ」はフロリダ半島南東方のバハマ諸島で,「リタ」はフロリダ半島南端沖でハリケーンになり,西進し,海水温の高いメキシコ湾に入って急発達,一気に最強のカテゴリー5(下記)にまで達しました。なお,北大西洋・メキシコ湾・カリブ海におけるハリケーン・シーズンは9月上〜中旬を中心とする8〜10月(カテゴリー3〜5の96%;Landsea,1993)で,台風とほぼ同じです。 2.このように急発達して猛烈な強さで上陸した要因は何でしょうか?主として次の5つの要因が重なったとみられます。
3.ハリケーンの規模は台風と比べてどう違いますか? また,中心付近の最大風速の求め方は?日本では中心付近の最大風速(10分間の平均値)17.2m/s以上が台風の基準とされています。一方,アメリカでは中心付近の最大風速(1分間の平均値)33m/s以上がハリケーンの基準です。このように基準時間が異なるため,台風とハリケーンを単純に比較することはできず,最大風速1分間平均値の方が10分間平均値より12%ほど強めにでます。例えば,同じ風の状態で比較すると,57m/s(ハリケーン1分間値)≒50m/s(台風10分間値)となります。
ハリケーン「カトリーナ」は8月28日に最も発達して80m/s(カレゴリー5)に達し,その翌日,64m/s(カテゴリー4)でニューオーリンズ付近に上陸,最大瞬間風速(2〜3秒間値)78.3m/sの暴風が吹き荒れました。また,ハリケーン「リタ」もカテゴリー5に達し,2日後にカテゴリー3でテキサス・ルイジアナ州境付近に上陸,再び被害をもたらしました。 中心付近の最大風速は,その中心気圧から求められます。衛星画像に基づいて中心気圧を推測する方法として現在世界的に普及しているのがドボラック法(Dvorac,1984)で,台風を取り巻く雲のパターン(台風中心に対する円弧状雲列の角度,中心部を覆う厚い上層雲塊の大きさ)と目の直径から定量化し,0.5〜8.0(0.5刻み)のCI数(current intensity number)を算出し,中心気圧が推定されます。アメリカでは衛星画像に加え,飛行機観測,レーダー観測などで得られた気象データを参考にして中心気圧が求められています。 【参考文献】 Dvorak,V.F. (1984) : NOAA Technical Report. NESDIS 11, NOAA, 47p. Landsea,C.W.(1993): A climatology of intense (or major) Atlantic hurricanes. Mon.Wea.Rev., 121, 1703-1713. NOAA(2005):Tropical cyclone climatology. http://www.nhc.noaa.gov/pastprofile.shtml 更新日:050927 ↑このページの最初へ
ハリケーン カトリーナの瞬間最大風速山川修治 『ハリケーン「カトリーナ」による被害が問題になっていますが,最大瞬間風速80m/sというのには驚きます.またビルの窓ガラスが全てなくなっている写真がありましたが,このような風速のせいでしょうか.このような風速はどんな条件で生じるのですか.日本の台風ではどの位の風速が観測されているのですか.』 【以下はこの質問についての,地球システム科学科山川修治教授の答えです】 風速と風圧の間には WP=V2/16 という関係があります(1). ここで, 風速:V,風圧(速度圧):WP とします. NOAAの報告によれば,ハリケーン「カトリーナ」に伴う最大瞬間風速は78.3m/s でした.上記の式に代入すると,風圧WPは,WP=383kg/m2となります.この凄まじい圧力によって,ビルの窓ガラスが次々に割れてしまった可能性があります. ただし,窓ガラスを壊すインパクトは飛来物(建造物等の破壊物や小石など)がぶつかることによる場合が多く〔2〕,今回もそれが直接の打撃になった可能性が高いと考えられます. また,建物内外の気圧差も影響したかもしれません.
今回のカトリーナは,最強中心示度902hPaという確かに希にみるハリケーンでしたが,このレベルの熱帯低気圧は数年に1度程度,熱帯海洋のどこかで現れます. 海水温の上昇が明瞭な年にはその危険度が高まります。その典型が今回のカトリーナといえるでしょう. 【参考文献】
〔1〕高橋浩一郎(1968):『気象災害論』地人書館,p.74.
〔2〕朝倉正ほか編(1995):『気象ハンドブック』朝倉書店,p.678.
Ayscue,J.K.(1996):Hurricane damage to residential structures: risk and mitigation. 更新日:050917 ↑このページの最初へ
黒潮大蛇行渦中の濃霧によるタンカー衝突山川修治・河合隆繁 2005年7月15日未明,4時5分頃,熊野灘でタンカー同士が衝突し,炎上するなど,15〜16日にこの付近からその東方海域にかけて海難事故が相次ぎました。当時,その海域では濃霧が発生し,視界は10m程度でした。 15日6時47分(日本標準時)のNOAA衛星画像をみると,赤外画像(画像1)では薄く写っているだけですが,可視画像(画像2)では克明に濃霧の存在がわかります。 現在,昨夏に生じた黒潮大蛇行が継続中です。黒潮は紀伊半島南端沖から南へ大きく迂回しており,その東側にあたる熊野灘沖には反時計回りに渦巻くやや低温の(25℃前後はあるが南方に比べると数℃低い)海域があります。そのため,北方の梅雨前線に向かう弱い南よりの風(暖湿気流)の水蒸気が海面から冷やされ,凝結して「移流霧」の濃霧を生じたとみられます。 この時期,三陸沖や瀬戸内海などで頻発する移流霧ですが,このような濃霧が熊野灘海域で発生することは比較的少なく,黒潮大蛇行に伴う現象ということができます。 また,22日5時10分には犬吠崎の南南西約10kmで船舶の衝突事故が起こりました。この海域は親潮(寒流)先端付近(海面水温22〜23℃)にあたり,さらに19日に通過し,ほぼ停滞した前線による寒暖気団の混合もあって,濃霧が発生したと考えられます。 更新日:050722 ↑このページの最初へ
3月28日および3月18日に航空機事故をおこした乱気流について山川修治・河合隆繁 航空機が乱気流に巻き込まれた当時のNOAA画像1,2などに基づいて気象状況を解説します。 3月28日18時03分頃と18時11分頃の2度にわたって ,三宅島付近上空を飛行中のエバー航空機が乱気流にあい,48人が負傷しました。一回目の発生場所は新島の西約20kmの高度約10700mでした.同日17時48分の気象衛星NOAA画像によれば,沖縄から三宅島にかけての太平洋上に波状の雲列が認められます。このような雲列はトランスバー スラインと呼ばれ,対流圏上層のジェット気流にほぼ直角な走向をもつ雲です。 一般にトランスバースラインは巻雲の列として出現することが多いといわれていますが,当事例ではこの雲域で雷が発生していること,また発達した西南西-東北東走向の線状の強雨域をレーダーエコー図(図略)が示していることから,積乱雲が含まれていたと考えられます。 上下方向で密度の異なる空気が接し,それぞれの風ベクトル(風向・風速)が大きく異なる(鉛直シアが大きい)と,ケルヴィン・ヘルムホルツ波(KH波)と呼 ばれる大気の鉛直方向の乱れが起きます。トランスバースラインはこの波動によって生ずることから,乱気流が発生しやすく,航空機にとっては要警戒空域となります。 当日,ジェット気流はちょうど三宅島上空を通っていました。その風上は華中方面にあり,暖湿気団を伴っていたことも見逃せません。また,対流圏中層には南方からリッジ(気圧の峰)が入り,その沈降流による暖気層と,その上方の安定層の 形成がトランスバースラインを生じた原因と考えられます。さらに,三宅島付近は下層の深いトラフ(気圧の谷)の南東側に入り,大気不安定となっていたことも積乱雲が線状に続々と発生した要因とみられます。 ところで,3月18日にも成田の南約90km,高度4500mでノースウェスト航空機が乱気流に遭遇し,4名が負傷しました。このときもトランスバースラインが,かなり南方に出現していますが,直接の関連はなく,下層雲の出現で特徴付けられる房総不連続線の南縁部におけるシアライン (風ベクトルの不連続線)上空で発生した可能性が高いと考えられます。資料として,NOAA画像2を添えました。 更新日:050519 ↑このページの最初へ
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