2009年2月2日浅間火山噴火の事前の噴火警報発表まで村瀬雅之(日本大学文理学部地球システム科学科) 2009年2月2日の噴火は気象庁によって前日に噴火警報が出されました.この警報は,どのような根拠で発表されたのか?そして,他の活発な火山の場合はどうなのか?といった疑問について,この機会に整理し解説したいと思います. 火山の異常をリアルタイムで監視する観測体制火山の活動状態を正確に把握し、いち早く火山噴火の可能性を認識するためには,火山の観測・研究が欠かせません. 火山の観測・研究によって,火山内部の様子や噴火のプロセスを明確にする こと,そして噴火の直前に発生する前兆現象を正確にとらえることが, 精度の高い噴火警報の発表には必要だからです. 過去の例を挙げると,北海道の有珠山では北海道大学や気象庁を中心として,長い観測・研究の蓄積がされています.1977年年有珠噴火での観測により,噴火の前兆としての 地震活動が注目されその特徴が詳細に研究されました.その結果,地震活動の 推移から2000年噴火発生の4日前に,臨時火山情報第3号によって 噴火の可能性が報じられました.
このように,火山の活動状態を正確に把握するために欠かせない火山の観測ですが,現在(2009年2月),気象庁では,今回注目された浅間山を含む活動度の高い34火山を,大学等研究機関や
自治体・防災機関等の協力の下,24時間体制で観測・監視する体制になっています.
詳しくは,以下のホームページで確認してみてください. このように活動度の高い火山では,刻一刻と変化する火山の状態が,観測によってモニターされており,何か異常があった場合には,すぐ対応ができるようになっています. 噴火警報とは?観測により火山で異常が検知され噴火の可能性が予想される場合,一体誰が責任を持って情報を出すのでしょうか?実は,つい最近まで明文化されていませんでした.平成19年12月1日施行の改正気象業務法により「気象庁は・・・火山現象に関する予報及び警報を行わなければならない」と定められました.つまり噴火の危険性が迫っていることを事前に察知した場合,事前に警報を出すことが気象庁の業務と法律で定められたわけです. それにより気象庁は「噴火警戒レベル」を導入し,「火山現象警報(略称:噴火警報)」や「火山現象予報(噴火予報)」を発表することになりました.
これら一連の整備は,火山観測の情報を,より効果的に防災につなげていくために非常に重要なことです.
具体的に浅間山での「噴火警戒レベル」を気象庁ホームページで確認してみましょう. 引用ホームページ マグマの上がってくる経路(浅間山のマグマ供給システム)活動度が高い火山では観測がなされ,異常が見つかれば気象庁が噴火警報を出すということがわかりました. 例えば,マグマ溜りに代表されるように,火山の内部で球状にマグマが膨張したとしましょう.図aでは地下で球状の膨張が起こった場合の地表の変化を計算し示しています.火山が同心円状に膨らんでいるのがわかります.この地上の変化を観測することで,地下のマグマ溜りが膨張しているのではないかと推測できます. 特に深い場所にマグマ溜りがある場合は,マグマの蓄積による火山の膨張は,非常にわずかです(数mm/年のことも).この微小な変化を長年にわたり測定し続け,火山のマグマ溜りの位置やマグマの供給量を推定していきます. 図1は約100年間にわたり浅間山付近で測定された上下変動から,マグマ溜り(圧力源)を推定したものです.浅間山の山頂西側の海抜−6kmの場所に深いマグマ溜りが,山頂の真下の海抜−1.5kmに浅いマグマ溜りがあることが分かりました(Murase et al.,2007). さらに2004年に噴火した時の地殻変動によって,この深いマグマ溜りからマグマが上昇し南北に伸びる垂直の板状の割れ目(図中の赤色破線の四角形領域)を作って噴火に至ったことがわかりました(Takeo et al.,2006). また図2は,マグマ溜りが1902年〜2005年の間にどの程度膨張したかを示しています(Murase et al.,2007).図2の下の棒グラフは噴火回数で,マグマが大量に供給され急激に深いマグマ溜りが膨張した時には,活発に噴火がおきていることが分かります.また,最近を見てみると,1940年代と比べれば減少したものの安定的な膨張は深いマグマ溜まりで継続しています.この定常的なマグマ供給が続いている限り,最近の数10年のような短期的なブルカノ式噴火活動と休止を繰り返す活動が続きそうです.
ここまで約100年間の浅間山下のマグマの様子を説明してきました.当然ですが100年間のマグマの様子を明らかにするためには,100年間の観測データが必要です.100年前といえば明治時代です.明治時代から続く膨大な観測の積み重ねが,浅間山下のマグマの様子を明らかにしたのです.
この様に長期間にわたるマグマ供給の時間変化が推定されている日本の火山は,浅間火山と桜島火山だけというのが現状です. 引用文献・ホームページ
2004年中規模噴火でとらえられた前兆現象浅間山は1930年〜1950年代に非常に激しい噴火活動を行いました.また,近年2004年に中規模噴火が発生しています.これらの膨大な観測・研究の蓄積が今回の警報発表の裏にあるのです.特に2004年中規模噴火時には,最先端の各種観測がおこなわれ,浅間山の噴火に関する多くのことが分かってきました.その一つが,上記の「噴火の前に上昇したマグマが山頂西側に南北方向の板状の割れ目を作る」ということです.そして,噴火直前に地震数の増加と,山頂北北西に設置された傾斜計(F点)で西上がりの変化が観測されました. また火山ガスの増加(二酸化硫黄)や火映の出現など,火山活動の活発化を示す現象が同時に観測されました. 傾斜計とは,地面の傾きを測ることによって山体の膨張や収縮を検出する装置です.桜島火山やハワイのキラウエア火山などでも傾斜計によって噴火の前兆がとらえられています.高精度で,しかもリアルタイムで山体の膨張・収縮をとらえることができるため監視に適していますが,その高精度さゆえ降雨など火山活動以外の影響でも変化する場合があり,解釈が困難な面を持ちます. 非常に重要なポイントは,傾斜観測点(F点)での噴火前の西上がりの変化です.図3は2004年噴火時に推定された上昇マグマによる板状の割れ目ができた場合の浅間山付近の傾斜を計算したものです.図中のF点付近は西上がり(東下がり)の傾斜が出ることがわかります.つまり,急激な西上がりの変化は,まさにマグマが上昇して割れ目を広げたことを示していると考えられるのです.地震数の急増も,マグマが割れ目を押し広げる時に周囲の岩盤を破壊して地震を多数発生させたためと考えられます.傾斜変化と地震増加のどちらの前兆もマグマの上昇を示していたのです. そして2009年2月2日の警報発表へ長年の研究により,浅間山へのマグマ供給率やマグマ上昇経路の理解が進み,2004年噴火時にマグマの上昇を示すと思われる前兆があることがわかりました.この様な知識と経験を積んだ上で2009年噴火は起こったのです. 図4はF点の傾斜変化を示しています.2月1日の2時〜11時頃に西上がりの傾斜の急変が見られます(浅間F傾斜EW補正に注目).その2時間後の13時に気象庁から初の噴火警報(火口周辺)が発表されました.傾斜変動は11時以降変化を弱めましたが,2日の午前2時ごろに小規模噴火が発生し大きく変動ました. 引用ホームページ 最後に浅間山の噴火前に警報が発表されたことは大変すばらしい成果であり,観測機関や防災機関の関係者に敬意を表したいと思います. しかし,このニュースを受けて,「これから常に浅間山では噴火前に警報が出せるに違いない」と考えてしまうことには注意が必要です.これまでの経験で噴火前に高い可能性で起こるパターン(前兆)が今回見られたため,爆発の可能性を事前に認識したに過ぎません.噴火にはさまざまなタイプがあり,毎回同じような前兆が発生するとも限りませんし, 前兆が観測されずに噴火が発生することも十分考えられます. より精度の高い噴火警報発表のためには,観測・研究の一層の充実が望まれます. また,今回の浅間山の事前の噴火警報発表によって,観測の重要性が改めて示されたと思います. しかし、現在の国立大学による34火山での観測体制を,予算などの問題で, 選択と集中のスローガンの下,半数以下に減らすという整理統合がおこな われる見込みです.観測機器等の進歩にあわせ,観測体制を適宜見直すことは重要なことではありますが,今回の見直しによって火山観測が全体として縮小の方向へとならないことを願います.より多くの火山で正確な噴火警報の発表をおこなうためには,より多くの火山において長期にわたる基礎的な観測・研究の推進が必要です. 今後どのように火山観測体制を推進・維持していくかは,防災に関わる非常に重要な課題であると思います. ↑このページの最初へ
2009年2月9日更新 |
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