気象衛星が捉えた浅間山2009年2月2日噴火の噴煙(2009年3月5日)中山裕則・宮地直道・山川修治(日本大学文理学部地球システム科学科) 2月2日の浅間山の噴火で生じた噴煙はいろいろな人工衛星によってその動きが捉えられていました.特に気象衛星ひまわり(MTSAT)は噴煙の発生から消滅までを01:36〜07:36までの間(注),毎時間撮影していました(図1,2,3,5,6).また,気象観測衛星ノア(NOAA)は04:45だけではありますが,ひまわりよりも鮮明な画像を捉えています(図4).今回の噴火は夜中に発生したので,肉眼や普通のカメラでは噴煙をほとんど識別できません.しかし,ひまわりもノアも人間の目では見えない熱赤外線を観測することで,陸,海,雲そして噴煙を映し出すことができます.さらに,両衛星ともに3種類以上の性質(波長)の違う熱赤外線を同時に観測でき,それぞれ温度や水蒸気量の違いにより僅かに異なったパターンをとらえます.これらを合わせて差を取るなどの画像処理をすると,自然の雲と火山噴出の噴煙は性質が違うため,違ったパターンとして判読することができます.以下に示したひまわりとノアの画像は,それらの違いをさらに強調して表したものです. このうち02:36のひまわりの映像を見ると,噴火開始前の01:36の画像には映っていなかった噴煙が浅間山から南東方向に細長い一筋の帯状に流れている様子がわかります(図1).これは噴煙が上空の強い北西風に吹き流されている様子を示しています.03:36の映像ではこの帯状の噴煙の先端は房総半島中部に達し,噴煙の最後は途切れているように見えます(図2).この噴煙の全長は100kmでした.そこで噴煙が一定速度で移動したとすると,噴煙の先端の位置の比較より,02:36〜03:36の平均移動速度は33m/sとなります.この値は「2009年2月2日浅間山噴火の噴煙はどのような風に乗ったか?」で速報した上空4.5kmの高度場の北西風の風速20〜25m/sよりやや大きな値です.ただし,この20〜25m/sは2月1日21:00と2日09:00の内挿(この12時間のうちに風速が徐々に強まったという仮定)により推定した値です.このため,実際には02:00頃には既に09:00と同様の強風になっていたと解釈することによって理解できます.また,仮に噴煙が浅間山から移動高度に一定速度で注入されたとすると,噴煙の全長は100kmで,移動速度は33m/s であることから,注入に要した時間は計算上50分間となります. 噴煙の先端は04:36には房総半島南東沖約100kmの地点に達し,それと同時に噴煙の末端分の形状が変化します(図3).噴煙の先端の03:36〜04:36の移動速度はこの前の1時間と同じ33m/sでした.一方,噴煙の末端部分は府中〜相模原市北部方面へと南西方向に広がり,噴煙全体は「へ」の字のような形になりました.この様子はノアの04:45の画像でも確かめられました(図4).このような噴煙の屈曲は,もし上空4.5km付近の風系が変化していないとすると,例えば噴煙の末端部分の移動高度が先端部よりも低下し,下層の北東風の影響を受けたことが考えられます.噴煙の末端部分の移動高度が低下した原因として,例えば熱量を持つ火山灰の落下に伴う噴煙の冷却効果が先端より末端の方が大きかったことや,東京湾付近にまで来て湿度を増し火山灰が吸湿して重みを増したことなどが考えられますが明確な理由は現時点では明らかではありません.このように,「浅間山2009年2月2日噴火に伴う関東地方の降灰分布と降灰時刻」で降灰状況の観察や花粉・粉塵センサーのデータから南関東南西部の降灰は北東の地上風によりもたらされたのではないかとした予測は,実際の噴煙の映像からも確かめられました.なお,花粉・粉塵センサーの値に基づく南関東における降灰開始時刻を04:00〜05:00頃であり,噴煙の到達とほぼ同時に降灰が始まったと考えられます.また,先のデータなどから多摩市付近では10時頃まで降灰が続いたと思われますが,その降灰をもたらした噴煙はひまわりの衛星画像からは確認できませんでした. 05:36の映像では噴煙の先端は南東方向に移動しているものの,末端部分は「へ」の字の形のまま南方向に移動しているようにみえます(図5).この部分の平均移動速度は04:36〜05:36では8m/sでした.また噴煙全体の長さも196kmと1時間前の2倍近く延びています.これは,特に噴煙の後半部分の移動高度が低下し,それに伴い移動速度が低下したためと思われます. 06:36の画像では房総半島南東を流れる噴煙の先端は明確に雲の下に潜りこんでいるように見えます(図6).2日09:00の八丈島のエマグラムを参考に推定すると,高度2200〜2600mには逆転層(安定層)があり,この雲(積雲)の雲頂高度はその下面付近の約2200mとみられます.噴煙は太平洋上空に達して湿度がますます増加したため,雲頂高度である2200m以下まで降下し,雲内に入り凝結が一層進行し,落下速度が一段と増したと推定されます.07:36になると太平洋上でも明瞭な噴煙は確認できず,火山灰の大半は海上に落下したと思われます.
以上のことと陸上に堆積した火山灰の分布を合わせて考えると,2月2日の噴火の噴煙と噴出物の分布の形成過程は以下のようなものであったと思われます.噴火後,噴煙の大部分は上層の強い北西風により南東方向に移動し太平洋上に達し,次第に下降して消滅しました.この過程で移動経路付近の狭い範囲に比較的多くの火山灰が落下しました.一方,噴煙が南関東付近に達したとき,噴煙の末端部の高度は低下して北ないし北東の地上風の影響を受けて南方向に移動しました(図7).この過程で南関東西部の比較的広範囲に火山灰が拡散したと思われます. 注) ひまわり(ひまわり6号)は,通常1時間のうちに北極付近から南極付近までの半球全域の観測(全球観測)と北半球のみの観測を行ないます.今回は全球観測のデータを用いました.全球観測の場合,指定時刻の約30分前から観測を開始し50分過ぎまで観測が行われます.今回,画像を用いた関東地方の場合,毎時約36分(指定時刻の24分前)ごろの観測と考えられます.このため,ひまわり画像で090201-18UTC(協定世界時,2月1日18:00)の場合,本来の指定時刻は日本標準時2月2日03:00(協定世界時+9時間)を指します.ただし,今回は厳密な撮影時刻を示すために,指定時刻ではなく実際での関東地方の撮影時刻である02:36を協定世界時とともに示し,「02:36関東地方観測時(MTSAT 090201-18UTC)の画像」と表現してあります.また,今回使用したひまわり画像のオリジナル画像は高知大学気象情報ページによります. ↑このページの最初へ
2009年2月10日更新
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