火山工学の確立とその研究課題

 

陶野郁雄 1・北村良介 2

 

1正会員 工博 国立環境研究所 地下環境研究室長 (〒305 つくば市小野川16-2)
2正会員 工博 鹿児島大学教授 工学部海洋土木工学科 (〒890 鹿児島市郡元1-21-40)


 我が国には86の活火山が存在する世界で2番目の火山国である.火山は美しい景観を提供し,火山地域に点在する温泉は人間に精神的・肉体的安らぎを与えている.また,地下から供給される熱水は発電,草花・野菜等のハウス栽培,暖房等にクリーンエネルギーとして利用されている.一方,雲仙普賢岳災害のように,火山活動は人間に災いをもたらすこともある.本論文では,前者を火山の人間に及ぼす正の因子,後者を負の因子と名付け,火山地域における人間と火山の共生を目指すことを目的とした総合工学としての火山工学の範囲と研究課題について考察を加えている.

ABSTRACT

参考文献


Key Words :
Establishment of volcanic engineering, Positive and negative factors due to volcanic activities, Research projects


1.まえがき

 1996年9月にニュージーランドのルアペフ火山が噴火した.我が国でも最近,大分県九重山,北海道駒ケ岳,長野県安曇村安房トンネル付近で水蒸気爆発による噴火が生じており,1996年9月現在,九重山では依然として活動が続いている.

 我が国は世界の1割に当たる86の活火山が存在する世界で2番目の火山国である(一番はインドネシアの128).1934年に我が国最初の国立公園として,雲仙,霧島国立公園が誕生したように火山はほとんどの国立公園に存在し,その美しい景観は観光地となっている.また,温泉,地熱や鉱物資源,豊かな火山灰土壌など,恵みと潤い(正の因子)を人間生活にもたらしている.

 桜島火山は1955年の噴火から40年以上も継続して活発な活動をしている.雲仙岳では,1990年に噴火活動が始まり,火砕流等の発生によって災害が発生したが,1995年になって溶岩の湧出が止まり,1996年9月現在,火山活動は終息の方向に進んでいる.島民が1ケ月避難した1986年伊豆大島火山噴火なども記憶に新しい.また,1996年2月には北海道余市町と古平町にまたがる国道229号豊浜トンネルで巨大な岩盤が崩落したが,この岩は第三紀中新世に火山が噴火した際に形成されたものである.このような地域では,火山に関する様々な問題(負の因子)が生じており,それらを解決していく時期に来ている.

 本論文では,このような火山活動に伴う正の因子や負の因子を総合的に捉えようとする学問領域を火山工学と名付けている.そして,火山工学が火山地域における諸問題の解決や潤いのある生活環境を目指して研究を行う総合工学であり,一つの学問分野として確立させる必要性があること,および,火山工学がこれから行うべき研究課題について説明を加えている.


2.火山工学の必要性

 活火山地域では火山噴火に伴って降灰,溶岩流,火砕流等が発生する.時には火山性地震が発生し,地盤の液状化現象も生じる.降雨時には斜面崩壊,土石流が発生しやすい.活火山地域に人間が生活をしている場合,これらの自然現象は人間生活に不都合をもたらす.我々はそれらの不都合を火山活動によって生じた自然災害と総称している.陶野1) はこれらの災害を複合災害として総合的に把握し,研究する視点が必要であることを指摘している.本論文では,火山活動や地震のような自然現象とそれらの現象による自然災害とは明確に区別している.自然現象は地球上のいたるところで発生する.しかし,自然災害は人間が係わらない場合は発生しない.

 我が国最初の国立公園となった雲仙,霧島国立公園を始め,ほとんどの国立公園には火山が存在している.これらの国立公園の自然景観は変化に富み,人間の心に安らぎを与え,古くから信仰の対象ともなっている.火山地域には人間の健康回復・維持に貢献している温泉があり,地熱や鉱物資源を供給し,さらには,火山灰土壌からは豊かな農林産物が生産されている.このように火山は人間生活に恵みと潤いをもたらしてくれている.

 地震と火山活動という自然現象はよく並び称される.ともに地殻プレート境界の活動に起因して発生することが多く,人間生活が係わると著しい災害をもたらすことなどの類似点が多い.しかし,地震は我々に一方的に災害をもたらし,ほとんど恵みをもたらしてくれないのに対し,火山は大災害をもたらすこともあるが,様々な恵みをもたらしてくれるという相違点もある.雲仙岳噴火,兵庫県南部地震を契機に火山活動や地震に対する工学的研究が従来にもまして行われてきている.地震に関しては耐震工学,地震工学と称される工学分野が確立されており,多くの研究者が多くの研究費を使って系統的な研究を行っている.一方,火山活動に関しては耐震工学,地震工学に対応する工学が存在せず,地元の工学者や火山学者が研究活動のかたわら火山と人間の係わりについても研究を行なっているのが実情である.

 産業革命以来の工学の役割は自然現象と人間生活の接点において眼前の効率のみを追求してきたが,21世紀を目前に控え,工学の新たな位置づけが必要となってきている.このような状況を背景とし,火山活動に伴う正の因子と負の因子を総合的に捉えようとする工学の体系化の必要性を認識し,本論文では火山工学と名付けた(図-1参照)表-1は陶野2) が示した火山工学がカバーすべき範囲を一部修正して示したものである.表中の項目を見ればわかるように,火山工学は活火山地域における人間生活にかかわるすべての事象を包含しており,従来の理学,農学,医学,社会学,教育学,法学,経済学等の学問領域の成果を基礎にして,横断的に総合工学としてのシステムを確立することを目指している.

     


図-1 工学,火山工学の役割

3.国内外の研究状況

 自然現象である火山活動に関する理学的研究は古くから進められている.火山活動に伴う災害に関する研究も比較的に多い.しかし,活火山地域における人間生活にかかわる事柄に関する工学的研究は非常に少ない.その中で,1988年に鹿児島において「火山と人との共存」をテーマとした国際火山会議が開催されている3) .この会議は「火山を知る」,「火山と生きる」,「火山を活かす」という3分科会より成り立ち,その成果は「鹿児島宣言」としてまとめられ,会議参加者の賛同を得て採択された4)

 火山活動に伴う災害に関する事柄を工学的な立場から取り扱うため,陶野ら5) は1993年に「火山災害工学」の確立を提唱した.この年に土質工学会がシンポジウム6) を,また,土木学会が研究討論会7) を開催した.

 土木学会に付置された「火山災害と防災・対策に関する研究小委員会」(委員長:陶野郁雄)と鹿島学術振興財団の研究助成「火山工学の提唱とその確立」(研究代表者:陶野郁雄)により,1994年から火山工学に関する本格的な活動が始まった.それらの活動を通して,火山工学の研究範囲をまとめ,今までに「火山工学シンポジウム」(1994.7.21,東京),「火山工学セミナーin鹿児島'94」(1994.12.9,鹿児島),「火山工学フォーラム」(1995.9.26,東京),「火山工学セミナーin長崎'95」(1995.12.9)が開催され,活動の成果の一部が公表されている8) .また,1995年の国際会議で日本大学の荒牧重雄教授が火山工学の必要性について特別講演を行ない9),昭和新山生成50周年記念国際ワークショップにおいても,火山と人間の共存が強調された10)

 活火山地域における環境および景観を考慮した土木構造物の計画・設計・施工に関する本格的な調査・研究は雲仙岳が噴火した後である11) .火山活動を解明するための研究施設は桜島,有珠山,阿蘇山,三宅島,伊豆大島,雲仙岳に設置されていきているが,これらの施設では主に理学的な研究がなされてきており,火山工学が包含しようとしている火山地域の環境や景観と調和した各種構造物の計画・設計・施工に関する手法の研究はあまりなされていない.

 地盤工学的に見ると,研究対象となる地盤は火砕流堆積物(しらすを含む)や火山灰が風化した黒ぼくのような火山灰質粘性土から構成される地盤である.これらの土は主に九州,北海道にあるためか特殊土に分類されているが,地元の研究者による地盤工学的立場からの研究は着実に行なわれてきている12), 13), 14)

 火山災害時の情報伝達や避難対策に関する研究は,有珠山噴火(1977-1978年)に始まり,雲仙岳噴火(1990-現在)で数々の課題が明らかにされ,情報伝達・避難対策のシステム化が必要であることが高橋15) ,廣井16) によって指摘されている.

 医学的側面からの活火山地域の人間生活に関する研究は,1回の大噴火による火砕流や火山ガスなどの急性の人体への影響に関するものが大部分である.桜島火山では約40年にわたって継続的に火山灰を周辺地域に供給しており,周辺住民の健康への影響が小泉・矢野17) によって研究されている.特に,矢野18) によってなされた桜島火山灰の人間の呼吸器への影響に関する疫学的研究は世界に例がない.

 国外においては,アメリカのセントへレンズ火山が1980年に噴火して周辺に多大な被害を生じさせた.その後,大規模な土石流対策の施設が建設されたが,環境や景観に対する配慮がなされているとは言えない.フィリピンではピナツボ火山が1991年に噴火し,大規模な火砕流が発生したが,今なお多発する土石流対策に追われ,環境や景観に対する検討はほとんど行なわれていない.また,インドネシアでは1994年にメラピ火山,1995年にスメル火山で火砕流が発生しているが,これらの地域においても災害防止を優先した防災施設の計画・設計・施工が行なわれ,周辺環境や景観との調和を考慮したものとはなっていない.世界的にも環境・景観を考慮した手法の確立が待たれている.

 地盤工学的にみると,研究対象となる土は特殊土である.熱帯地方のインドネシアの火山噴出物の研究例が若干あるが,その性質は異なっている.

 火山噴火に対する情報伝達に関する調査はインドネシアで行なわれた事例がある.

 医学的側面から火山活動について研究をしている研究者は数名に留まる.1988年の鹿児島国際火山会議にそれらの研究者が一同に会し,それ以降,アメリカのセントヘレンズ火山噴火,カメルーンのニオス湖のガス噴出,コロンビアのネバド・デル・ルイス火山噴火,フィリピンのピナツボ火山噴火,我が国の経験等をまとめる作業が進められている.

 諸外国でも本論文で提案している火山工学の立場からの総合的な火山に関する研究は皆無である.


4.火山工学に対する学協会の取り組み

 土質工学会(現在の地盤工学会)に「雲仙岳噴火調査委員会」(委員長:遠藤邦彦,1992-1993年度)が設けられた.ほぼ時を同じくして,土木学会の「土構造物および基礎委員会」(委員長:木村孟)の中に「火山災害と防災・対策に関する研究小委員会」(委員長:陶野郁雄,1992-1994年度)が設けられた.また,科学研究費補助金(重点領域研究(1))として「災害予測図作成手法に関する基礎的研究」(研究代表者:陶野郁雄,1991-1993年度)が行なわれた.1992年9月にはこれらの3つの研究グループのメンバーが雲仙岳噴火に関する合同の現地調査・研究打合わせ会をもち,活火山地域における工学の役割について検討を行なった.これを契機として「火山災害と防災・対策に関する研究小委員会」では火山災害のイメージや火山災害に対して工学が研究すべき事項,それらの範囲等について意見交換を行なった.その結果,火山地域における工学的研究対象を火山災害だけに限定するのではなく,火山地域における人間と火山の関係を総合的に捉えるべきであるとの合意に至った.「火山災害と防災・対策に関する研究小委員会」は1995年度より「火山工学研究小委員会」(委員長:陶野郁雄,1995-1997年度)と名称を改め,継続して研究活動を行なう19) とともに,図-2に示すような関連学会との連携を模索している.そして,火山工学研究小委員会では,日本火山学会,日本自然災害学会,地盤工学会,砂防学会,日本第四紀学会から委員の参画を得ている.

 一方,平成5年度鹿島学術振興財団研究助成の応募した「火山工学の提唱とその確立」(研究代表者:陶野郁雄,1994-1995年度))が採択され,火山工学に関する研究活動が加速された.その成果の一つとして中学生にも火山と人間の係わりが理解できることを意図し,平易な文章とビジュアルなカラー写真で構成された小冊子「火山とつきあう」が発刊された20)

     


図-2 火山工学と関連学会


5.総合工学としての火山工学の研究課題

 火山工学は従来の縦割り的な工学の各分野のみならず,人文科学,自然科学の幅広い分野の研究を火山というキーワードによって有機的に結び付け,火山地域での火山と人間の共生を目指す総合工学である.

 例えば,九州では雲仙,阿蘇,九重,霧島,桜島等の火山が活発な火山活動を続けている.北海道の洞爺湖温泉,登別温泉は火山体の中にある.富士山の中腹や山麓にも多数の観光地がある.このような火山地域では人間生活に恵み(安らぎを与える自然景観,健康を増進させる温泉,地熱発電,豊かな土壌が生産する農林産物等)と災い(火砕流,土石流,泥流,斜面崩壊等)をもたらしている.図-3は火山の恵み(正の因子)・災い(負の因子)と火山工学の関係を示している.図に示すように火山と人間が良好な関係を保ちながら共生していくために火山工学が解決していかなければならない課題が多数存在している.

 本節では,表-1を参照しながら火山工学が対象とする研究課題を列挙し,説明を加える.

 

     


図-3 火山の恵み(正の因子)・災い(負の因子)と火山工学の関係

(1)火山体の構造と噴火予測に関する研究

 多くの計測装置が設置されている雲仙岳でさえ,火口付近に存在するであろうマグマ溜まりやそこから噴火にいたる道筋の位置や大きさを未だに正確に把握できていない.このことは,地下の状態を知ることの難しさと研究の後れを如実に示している21) .火山地域における地下の状態を知るためには,図-4に示すように火山体の構造と火山の成長の解明,噴火履歴の解析,噴火様式の多様性を調べるためのモニタリング,実験的手法を含んだ噴火のメカニズムの解明に関する研究を行なう必要がある.噴火予知と噴火様式の予測は,突然やってくる火山災害を事前に避けたり,軽減する上で最重要課題である.このような認識のもとに,総合工学としての火山工学の基礎として次の4項目を研究課題として挙げる22), 23)

 

     


図-4 火山体の構造と噴火予測,火山地域の環境特性の評価手法に関する研究内容

(a)火山体の構造の解明と噴火現象に関する研究

火山の基礎研究として,活動的な火山での前兆現象や活動のモニタリングを行なう必要がある.地球物理学,火山化学,および,地質学での研究成果を援用して活動中の火山のモニタリングを行なうことにより,マグマ溜まりから噴火に至るまでのマグマの輸送システムを考察することが可能になる.このことは,噴火の将来予測を行なうためにも重要である.また,活火山地域で地質構造探査を行なうことが,地下のマグマの状態を把握するうえで重要であり,火山体の構造決定に役立つものと考える.

(b)噴火様式のモデリングと火山発達史に関する研

火山の噴火には種々の様式があるが,様式の異なった噴火をすることがあるので特定の火山を特定の噴火様式にあてはめることは困難である.すなわち,特定の火山に特定な火山災害を想定できない.従って,噴火様式に関する過去の事例(=火山発達史)を参考にし,将来の噴火様式を予測するためには複数の数値シミュレーションモデルが必要となる.その際に,堆積物の粒度分析,火山灰や噴煙の流下挙動,過去の堆積物を地質岩石学の手法を用いた解析が必要となる.

(c)噴火履歴に関する研究

火山毎の噴火のサイクルを中長期的噴火予測に利用するためには過去の噴火の経緯を地質学,年代地学,歴史資料学の手法を援用して調査,解析する必要がある.これらの成果により活火山の固有な熱エネルギー放出率を知ることができ,噴火時期,火山噴出物の総量の予測が可能となる.

(d)マグマと噴出物の物性に関する実験的研究

マグマ中に含まれる揮発性成分(水を含む)のマグマからの脱ガスの仕方によって多様な噴火形式が生まれる.さらに,地下水と接触することによって,より一層噴火形式が多様化する.このため,マグマの揮発性成分の存在形態や発泡・脱ガス様式を実験的に決定する研究や実際の火山体での脱ガス様式についてのシミュレーション研究を行なう必要がある.分析機器を用いた噴出物の測定,得られた実験・観測データの解析を行なうことにより,マグマ噴出直前の様子や噴出途中の物理化学的な状態を読み取ることが噴火のメカニズムを解明するうえで不可欠である.

 

(2)火山性堆積物,マグマ溜まりのエネルギーの利活用に関する研究

 図-4は本研究課題を模式的に示したものである.噴火によって火砕流や降下火山灰等の火山噴出物が厚く堆積した地盤や環境は噴火前とは一変し,荒廃している.このような火山性堆積物を取り除き,利用すれば環境復元が早まるばかりでなく,人間生活に必要な用地,好ましい景観等を与えてくれる.火山性堆積物は現在,地盤材料,建築資材,濾過材料,工芸材料などに利用されているが,その程度は低い.新たな利活用分野を開拓するためには堆積物の鉱物組成,物理・化学的性質,力学的性質を把握する必要がある.細粒の火山灰は農耕に適した肥沃な土壌を供給してくれる.そのメカニズムを定量的に把握するためには火山性の細粒物質の発生機構の解明が必要である24) .マグマ溜まりの持つ熱エネルギーを取り出せれば,人間生活に必要な多量のエネルギーを供給することができるだけでなく,噴火の規模をわずかながらも縮小できる.

以上のことは次のようにまとめられる.

  1. 物理的性質を活用した利用方法
  2. プレート,マグマ溜まりのもつエネルギーの利用方法
  3. 地盤材料としての新たな活用方法
  4. 火山性の細粒物質の発生と土壌化への機構解明
  5. 火山堆積物の利活用に伴う環境保全
  6.  

(3)火山地域の環境特性の定量化とその評価手法に関する研究

火山地域の自然景観は変化に富み,人間の心に安らぎを与える風光明媚な観光地となっており,地獄と極楽を表現できる景観は古代から信仰の対象ともなっている.この研究課題がカバーすべきテーマは次のようなものであり,それらの関係が図-5に示される.

 

     


図-5 火山地域の環境特性の定量化とその評価手法に関する研究内容

1)火山の景観に対する定量的な評価

この研究は次のような手順で進められる.まず,活火山地域における景観要素を調査する.次に,火山のもつ風光明媚な自然景観に関する要因を分析する.そして,火山地域に特有な景観要素を抽出し,定量化を図る.最後に,汎用性のある手法を開発する.これらの手順をすすめるにあたっては,多変量解析の中の数量化理論を適用することが考えられる.

2)火山噴火に伴う大気汚染の影響評価

火山の噴火に伴って微粒な物質が大量に成層圏に放出されると,それから生成された硫酸塩等によって太陽光線が遮断され,地球規模で気温が低下するなど,長期に渡って地球環境に影響を及ぼす.このような影響を定量的に評価する必要がある.

3)火山灰・火山ガスなどの健康影響と安全対策の確立25)

活火山地域で生活する住民は長期慢性的に火山灰・火山ガスの影響を受けている.したがって,住民の呼吸器への影響についての疫学調査を行い,有効な対策を立てる必要がある.また,有毒火山ガスに対する疾患については患者の性別,年齢,既往症,発作時の症状等とともに火山の活動状況,気象状況などの情報についての解析を行う必要がある.

 

(4)活火山地域における地域計画および各種構造物の計画・設計・施工技術に関する研究

(3)節で述べた研究の成果を基礎として,環境に適合し,景観に調和した地域計画と施設の配置計画,生態系などの環境に適合し,景観に調和する各種構造物の設計,および,無人化施工などの施工技術に関する研究を発展させなければならない(図-6参照).そのための研究テーマとして3つの研究を列挙した.

  1. 生態系などの環境,景観に調和した地域計画,各種構造物の計画・設計に関する研究
  2. 地域計画を立案する際に,防災施設,公共施設,住宅などの配置を火山地域に特有な景観に調和させ,生態系などの環境にも配慮した方法を開発する.
  3. 地域復興計画手法に関する研究
  4. 火山噴火により荒廃した地域を環境および景観を考慮して,迅速に復興させるための地域計画の策定手法を開発する.
  5. 無人化による調査技術・施工技術の開発に関する研究

 火山噴火時にも調査・施工できる技術など,火山地域特有の調査方法,施工方法の研究を行う.

 

 

     


図-6 火山地域における計画の階層と考慮すべき事項

 

     


図-7 火山性堆積物の挙動に関する研究内容

 

(5)火山性堆積物の挙動に関する研究

 火山体の地形は不安定であり,降雨等による浸食を受けやすい性質を有している26) .また,火山灰が不安定な状態で山体に堆積していることが多いため,地震や集中豪雨の際に斜面崩壊,土石流,火山泥流,岩屑流,粉体流等を引き起こす要因になっている.従って,本節では火山性堆積物の崩壊機構,火砕流,土石流,火山泥流などの発生・流動・堆積機構,溶岩の崩落機構等の解明に関する次のような研究課題を対象とする(図-7参照)

  1. 岩屑流などの発生・流動・堆積機構に関する研究
  2. 土石流等の発生・流動・堆積機構に関する研究
  3. 火砕流などの発生・流動・堆積機構に関する研究
  4. 火山性堆積物の崩壊機構に関する研究

 

(6)火山噴火に対する情報伝達および火山災害に関する教育・啓発の研究

 火山噴火時の情報伝達と火山に関する教育・啓発についての研究を行なう必要がある.また,警戒区域の設定,長期避難,災害保障に関する諸問題など火山特有の対策を確立する必要もある.間欠的に生じる噴火の記録に書かれている内容を教育・啓発のために伝承することも重要である.火山が我々に災いをもたらすのは一時的であることが多く,大半の期間は我々に恵みをもたらしてくれる.このようなことを教育・啓発の中で取り上げていくことも大切である.従って,本節では次のようなテーマを研究対象とする.

  1. 火山噴火時の情報伝達に関する研究
  2. 火山災害に関する教育・啓発についての研究

 

6.研究の波及効果(あとがきにかえて)

 火山に関する工学的な研究を推進し,総合工学としての火山工学の確立を目指した学問体系に関する考察を加えた.このような学問分野が確立されると次のようなことが明かにされる.

  1. 火山噴火に関する基礎的な研究が進み,噴火の予測精度が向上する.
  2. 火山堆積物などの新たな利活用方法が開発され,また,火山噴出物が豊かな土壌となるプロセスが解明される.
  3. 活火山地域の環境および景観に関する特性が明かになり,環境影響調査・評価手法が確立される.
  4. 環境や景観と調和した地域計画,あるいは,防災施設をはじめとした各種構造物の計画・設計・施工手法が確立し,新しい施工技術の開発も期待される.
  5. 火砕流,火山泥流,火山性堆積物の崩壊など,火山噴出物の様々な挙動が解明されていく.
  6. 火山噴火の際の情報伝達の方法が確立したり,火山に関する教育・啓発の手法が確立され,活火山地域に住む住民,観光客が火山の恵み,災いについてのより深い理解を得ることができる

 以上のことより,活火山地域における人間生活を快適にすることに貢献できるだけでなく,周辺の環境や景観を保全することが可能となり,安全で豊かな生活基盤の創出に寄与できるものと考える.

 

謝辞:この研究をまとめるに当たり,玉川大学・小坂丈予先生,日本大学・荒牧重雄先生,遠藤邦彦先生,都留文科大学・上杉陽先生,帝京大学・矢野栄二先生,東京大学・中田節也先生,および,土木学会の「火山災害と防災・対策に関する研究小委員会」,「火山工学研究小委員会」の委員の皆様から貴重なご意見をいただいた.ここに,深く謝意を表する.

また,鹿島学術振興財団から研究助成をいただいた.厚く御礼を申し上げる.

 

参考文献