ある火山学者のひとりごと


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<最新10発言>
19944. 2019年10月18日 04時11分47秒  投稿:吉武徹也 
 初めて投稿します。長崎県で小学校教員をしております、吉武徹也(よしたけてつや)と申します。赤色立体地図(2012年夢の扉というテレビ映像と最近のブラタモリの映像を見て)の良さや発明した千葉先生の事をぜひ小学生(高学年向け)に授業したいと思い、投稿しました。しかし地質関係等、全然素人です。ちぐはぐな御質問や意見をしましたらお許しください。
 長崎の雲仙にも来られたことがあり、火砕流等のスケッチをされたとありました。もし赤色立体地図があれば火砕流等の範囲や方向を予測できたと思うのですが、いかがでしょうか?

19943. 2019年10月17日 21時24分10秒  投稿:ちば 
 [https://www.gsj.jp/data/bulletin/68_01_01.pdf]
大山は山元(2017)に詳しいようです

溶岩ドームの大きさ比較は、
形成されるそばから崩れて火砕流になったりする場合も多く
残されたドームのサイズで議論するのがいいのか
火砕流や土石流まで含めるのかとか
山の高さ比べだと、噴火前の基盤の高さも問題になり
比較以前に何を持って大きさとするのかで悩んでしまいます

19942. 2019年10月17日 18時07分59秒  投稿:Mr.T 
ちば様 こんばんは.
ブログ「夢の跡」の「大山南壁」に,
“大山の弥山ドームは多分世界最大級の溶岩ドームだろうと思うが,
その成因はよく判っていなそう.”とありますが,
本当に世界最大級の溶岩ドームでしょうか?
https://ameblo.jp/hsato47/entry-12523626907.html?frm=theme

19941. 2019年10月09日 17時23分10秒  投稿:なかや 
9/24のちばさんの投稿の一部分に関係しますが、四十数年前に谷津先生の講義で勉強させられた河川地形でのロックコントロールの話を思い出しました。要するに、掃流される岩石の連続的な粒径変化ではなく、不連続な粒径変化が、河川の縦断形状の不連続性を左右する場合があるというような話だったと思います。しかし、既に段丘化(それに人為改変)が進んでしまった扇状地の中の河川では河川縦断と礫径の関係を見ても有意な関係は出てくるのでしょうか。

19940. 2019年10月09日 10時54分14秒  投稿:ちば 
 [http://www.geosociety.jp/faq/content0864.html]
Mr.Tさん>
 コメントありがとうございます
 清水の三保の松原の礫浜にいったことがありますが
 本当に丸くて驚きました。
 伊豆大島の碁石浜の円礫と本物の碁石を比べると、
 碁石浜のほうが、厚みがあり球に近い感じでした。
 
 波打ち際での安息角の斜面を登ったり降りたりの、
 往復運動がポイントなんでしょうね。

19939. 2019年10月09日 10時36分58秒  投稿:ちば 
散木洞人さん>
 時代ごとの、古環境や古植生については、
花粉分析である程度の復元はできるかとおもいますが、
地形の動的なプロセスの推定は難しいですね。
扇状地の広さや堆積物の量から、
背後の流域の山地の隆起量を推定できないかなあ

19938. 2019年10月09日 10時15分56秒  投稿:散木洞人 
ちば様
後期旧石器から縄文期の農耕を復元する実験を続けておりますが、御指摘の氷河期が最終氷期だとすれば地形的に、中部山岳地帯の2000m以上にしか氷河は無かったと思われます。海水面が現在より50ないし80mほど低下していたという意見が強く、日本海が内陸の湖沼に近かったため降水量は少なかったと考えられますが、山野に樹木が生育していなかったとは言えないように思います。少なくとも野尻湖の沿岸までナウマン象の化石が発見されておりますから、大型哺乳類が生育できる環境下にあったのではないでしょうか。現在で言えば沿海州のアムール川流域か北海道の北部くらいの気候を想定すると、針広混交林だった可能性が高いのではないでしょうか?
そうなると風化によって亜角礫岩が生じるというより、関東平野西縁断層帯の活動で岩石の構造崩壊が進んだと考えたくなります。正断層帯で海水面が低下していれば河川の傾斜角も高くなり、侵食作用も強まるように思います。八王子付近より北側で同じような堆積層が見つかれば、断層活動によるものかなと思いますが。

19937. 2019年10月05日 16時44分50秒  投稿:Mr.T 
ちば様 こんにちは.
日本地質学会のウェブサイトに
「海岸礫は河川礫より円くて扁平である」
というコラムがありました.
http://www.geosociety.jp/faq/content0864.html

19936. 2019年09月24日 09時16分09秒  投稿:ちば 
八王子の浅川で、河床礫を調べるという
授業をすることになった。
下調べに現地に行ったところ、
黄土色の柔らかそうな礫がたくさんあることに驚いた。
乾燥して壊れているものも多い。河床のあちこちに露出している、
どこから来たのか、、どうやら、
浅川の河床の底のあちこちに
露出している加住層の断片らしい。
加住層からは、象の足跡や
メタセコイアの化石などを産出している。
上流にたどっていくと、わずか1.2km上流に
ポットホールがたくさんできている早瀬を見つけた、。
ここが怪しい。
他の礫は、砂岩や千枚岩など小仏層群起源のものがほとんど。
皆、亜角礫でちっとも丸くない。
河岸段丘礫の洗い出しなのだろう。

山の破片のような角礫が、谷を下り上流から中流
そして下流に流れるうちにだんだん細かくなる
ついには砂や泥になるというのは、
あまり正しくない。

氷河時代、今よりもずっと乾燥していて、山に木が生えていなかった頃
崩壊も多く、山から大量の土砂が流れ出し、
八王子はその扇状地だった。加住丘陵は削られ
一部は削られ、扇状の礫に覆われた。
その後雨の多い時代になり、扇状地の一部が削られて
川ができて、扇状地は段丘化した。その川が浅川。
扇状地を作った時のような、力は無いので、
段丘礫を少しばかり転がすくらいのことしかできない。

19935. 2019年09月22日 11時49分24秒  投稿:ちば 
散木洞人さん>
 今後のことはなかなかわかりませんが

 浄土平は、磐梯吾妻スカイラインがなければ
なかなか行けないような、高いところにある平坦地で
とても印象的です。吾妻小富士の火口まで登ることもできて
火山の仕組み学ぶことができるので、よいとおもいます。
わたしも、小学校6年生の修学旅行でバスで行きました。