地すべり学会速報原稿(原稿V3.0) HTML版 作成中  1999/08/23 pm22:00 

平成11年6月広島豪雨災害緊急調査団現地調査結果(速報)


1.はじめに

平成11年6月29日,梅雨前線に伴う豪雨により,西日本の各地で災害が発生したが,特に広島市・呉市において斜面災害が多発し,24名が犠牲者となった.地すべり学会では,緊急調査団を組織し,平成11年7月13〜14日の両日、地表踏査およびヘリコプターによる空中からの視察により、広島市の豪雨による斜面崩壊を中心に調査を行ったので報告する.


2.崩壊発生域および雨量について

図1に広島市・呉市周辺の崩壊の分布域を示す.

 佐伯区から安佐北区にかけての山地(A)では帯状に崩壊及び,崩壊が流動化したものが分布している.一方,急傾斜地の多い呉市周辺の相対的に狭い地域(B)では崩壊,落石が多発している.佐伯区から安佐北区にかけての地域では死者17名であったのに対し,呉市周辺では7名であった.(広島県:速報6.29土砂災害〜平成11年6月末梅雨前線豪雨災害, 8 pages, 1999.)

図2に雨量観測点(魚切ダム)の6月29日0時〜19時の時間雨量と累積雨量を示す.

図2魚切ダムにおける累加雨量と時間雨量(広島県パンフによる)
 最大時間雨量は29日14時〜15時63mmで,この時点までの累積雨量は211mmである.13時〜16時までの3時間雨量は約141mmである.消防署への土砂災害の通報時刻は午後3時半から5時頃に集中しており,呉市周辺の発生は佐伯区よりも若干遅れていた(中国新聞7/1, 7/2)
 


3.佐伯区および周辺のヘリからの観察結果について

 今回緊急調査団はヘリコプターをチャーターした。ヘリで視察したエリアの地形図および口絵1〜5、9、11、12に示す崩壊源および流動域を撮影したポイントと撮影方向を図3に示す.

図3ヘリコプター視察範囲と崩壊分布
 また,調査団メンバーの千木良による垂直空中写真の判読結果およびヘリからの斜め空中写真・ビデオ判読結果を総合し、崩壊および流動域分布図を作成した.崩壊発生の分布範囲はかなり限られている。地質地形的には、周辺地域と顕著な違いがないことから、降雨特性に差があったと考えられる。人的被害が生じている場合は、崩壊源からの距離が短い場合が多かった。崩壊の発生に及ぼす樹木の伐採の影響が有った可能性について指摘する意見があった。また,一部で松枯れが崩壊の原因と示唆されたが,崩壊分布域で特に松枯れが多いとは言えない。また,地表踏査した崩壊は1〜3mの風化マサの表層崩壊であった。

4.地表踏査調査結果について

4.1 安佐北区・亀山九丁目の崩壊−土石流

 安佐北区亀山9丁目では、崩壊−土石流が発生し、渓流出口の住民4名が死亡した。口絵6斜め空中写真を示す。図4に平面図と図5に縦断面を示す.この崩壊−土石流は2カ所の源頭部をもつが、そのうち左支の源頭部の崩壊を踏査した(口絵7)。

図4 平面図
 
図5 縦断面
 源頭部の平均傾斜は約30度で,この崩壊は長さ約16m、幅約13m、深さ約1. 5m,土量約250立方米の小規模なものである(口絵6).発生源の土層構成材料はマサ土(風化花崗岩)で、源頭部の崩壊土層を掘削したところ、すべり面から約1.2m下に地下水面が現れた(口絵7)。地下水面付近から下には還元状態の青灰色のマサ土層が見られたことから、この場所にはほとんど常時地下水位が存在していたものと思われる。また,この掘削断面では源頭部のマサが攪乱された形跡は見られなかった.したがって,源頭部の土層は現位置風化のクリープ性のものであると思われた。すなわち初生のすべりだった考えられる。このすべり土塊が、流下にしたがい河床の土砂を巻き込み,あるいは崩壊を誘発させ,規模を順次拡大しつつ,民家まで到達した。  
 
図6 渓流途中の抉られた河床
 
 図6は源頭から約100mの渓床であるが,1.5m程度中央が抉れているのがわかる.また下流で見られた侵食断面に古い土石流堆積物が見られたことから、過去に何度か同種の土砂移動現象が繰り返されたと思われた。
 


4.2 佐伯区観音台の崩壊−土石流

 口絵9に佐伯区観音台の崩壊−土石流の空中写真を、図7に平面図を示す.

図7 平面図
 丘陵斜面を造成して開発された住宅団地であり,沢の上流には治山ダムが三基,沢の出口には沈砂池が設けられていた.図8上は崩壊発生直後に沈砂池に貯まった土砂と流木の状況である.図8下除去後の状況であるかなりの土量が三基ある治山ダムと沈砂池に貯留された。しかし一部の流木と土石が観音台3丁目住宅地にオーバーフローした。図9は沈砂池から横の家の前にあふれて落ちた巨岩である.
図8 観音台沈砂池の状況(上が発生直後、下が除石後)
図9 沈砂池からあふれだした巨石
 あふれた土砂は団地内の広範囲に氾濫した.口絵10は崩壊源と最上流のダムの全景である.源頭部は幅約20m,長さ約70m,平均傾斜は約33゜である.滑落崖付近はマサ土が残っているが,下半分は花崗岩が露出しており,マサ土層と花崗岩の境界で滑ったことがわかる.崩壊前のマサ土層の厚さは最大約2m程度であったと推定された.滑落崖にはパイピングも見られたが,踏査時には源頭部で流出は見られなかった.滑落崖の上にはあたかも城壁のようなトア(TOR)とも言われる2〜4m大の花崗岩が残っており,下流にはマサと一緒に崩落したものが見られた.基岩には平行な節理(シーティングジョイント)が発達していた(口絵10)。また,さらに上流でも小規模な崩壊が2箇所発生していた.観音台団地に流入する渓流では他に2箇所で崩壊が発生しており,広島市周辺で急速に進む都市化域での斜面災害の危険度が高いことが示された。


4.3 佐伯区上小深川

 佐伯区上小深川(かみこかわ)地区の古野川周辺では多数の崩壊が発生し、土石流化して多大な被害を与えた(口絵11)。図10下流の集落で破壊された家屋の一つである.
 

10 家屋の被害状況(下流)
 口絵12は、調査団ヘリから撮影した写真である.古野川中流右支(渓流番号1-9-16)の土石流については,先端が合流点に到達し家屋を破壊し,住民1名が死亡した図11
隣家住民が土石流によってこの家屋が破壊される瞬間を撮影した。中国放送の協力により復旧したビデオテープを検討したところ、土石流の先端に多量の流木が含まれていることがわかった.大量の流木を含んだ土石流が,家屋の1階を部分を通過・破壊した状況がわかった(図12)ビデオを撮影した住民によると,この沢で今回数次にわたり土石流が発生した.
  この渓流ついてヘリからの観察に基づき検討した。その結果、最上流のかなり樹高の高い森林に覆われた山腹斜面において表層崩壊・流下し図13、先頭に丸太状の樹木を乗せた土塊(マス)が住宅を押し流したと考えられる。他にも数カ所崩壊跡が見られ、数次にわたる土石流はこれらの崩壊が流動化して発生したものと思われた。
 
 
11 ビデオに写された家屋の被害状況 

 




12 土石流によって家屋が破壊される瞬間() 

 
13 崩壊源斜面にのこされた一本松 

5.近年の土砂災害を含めた見解

1)広島県における今回の豪雨による土砂災害の特徴は、地域開発が進行してきた都市周辺の斜面に近接した場所での流動性の高い崩壊により、高速で長距離移動した土砂・流木に起因したものが多い.

2)都市化域における豪雨時の流動性の高い崩壊による災害は、1997年7月の鹿児島県出水市の針原川災害、1998年8月の福島県西郷村の社会福祉施設「太陽の国」等の災害などと共通するものである.

3)地すべり学会緊急調査団としては、今回の災害を契機として「豪雨による流動性の高い斜面崩壊に関する研究委員会」を設立するよう提案し,今後も調査,研究を継続して実施してゆく予定である.


緊急調査団

 
団  長:  佐々恭二(京都大学防災研究所・教授)
メンバー:
   小林芳正(広島工業大学環境学部・教授)
   千木良雅弘(京都大学防災研究所・教授)
   山本哲朗(山口大学工学部・教授)
   福岡 浩(京都大学防災研究所・助教授)
   森脇武夫(広島大学工学部・助教授)
   釜井俊孝(日本大学理工学部・専任講師)
   飯田英樹(国際航業中国支店)
   守随治雄(日本工営中央研究所・主任研究員)
   千葉達朗(アジア航測防災部・主任技師)
   汪 発武(京都大学防災研究所・研究員)